【ONE PIECE】イヌアラシとネコマムシのケンカの原因について解説!

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ONE PIECEのミンク族のイヌアラシとネコマムシ、彼らの仲がなぜ悪いのかについて解説したいと思います。

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※以下、単行本のネタバレを含みます!ご注意ください!!

 

イヌアラシ公爵とネコマムシの旦那

ミンク族の国であるゾウのモコモ公国には、二人の王がいます。昼の王「イヌアラシ公爵」と夜の王「ネコマムシの旦那」、つまりイヌアラシとネコマムシのことです。モコモ公国はこの二人の王によって治められており、正式な国の王はイヌアラシ公爵ですが、代々神聖な“くじらの森”を守るネコマムシの旦那にも同等の権利が与えられています。

ところが、イヌアラシとネコマムシの仲はとても悪く、顔を合わせると殺し合いをしかねない程でした。そして、あまりの不仲で顔も合わせたくない二人は「太陽と共に朝6時から夕方6時まで」「月と共に夕方6時から朝6時まで」と、生活時間を分割して暮らすようになったのです。この昼夜逆転はミンク族の面々にも影響しており、「町」の者たちは昼に活動し、「森」の者たちは夜に活動するようになりました。

ケンカの原因となった出来事

これほどに仲の悪い二人でしたが、以前は大親友といわれる程の仲のよさでした。この二人のケンカの原因は彼らの主君である光月おでんの処刑、つまり20年前にまで遡ります。イヌアラシとネコマムシが今よりまだ小さかった頃、ワノ国に憧れてやって来た二人は人々に迫害されていたところを光月おでんに拾われ、やがて彼に仕える武士へと成長しました。彼らは後に赤鞘九人男と呼ばれるうちの二人でした。その後、カイドウを討つために立ち上がった光月おでんと赤鞘九人男でしたが、彼らは敗れ、オロチ将軍によって公開処刑として「釜茹での刑」が言い渡されました。しかし、おでんは一人で茹だる釜の中に入り、赤鞘九人男の面々を乗せた橋板を持ち上げ、耐え続けるという方法をとりました。

カイドウと交わした解放の条件である1時間の釜茹でに耐えきったおでんですが、そこでネコマムシがカイドウに向かって覚悟しろと煽るセリフを発してしまいます。それを慌てて敵を煽るなと止めるイヌアラシでしたが、オロチ将軍は「釜茹での刑」から「銃殺の刑」の刑に突如変更し、再びおでんたちは追い詰められます。その瞬間、おでんが橋板を上空に振りかぶり、皆投げ出されたことでおでん以外の面々は助かりました。

しかしおでん自身はそのままカイドウに撃たれ、その生涯を終えることとなりました。そしておでん城のトキたちのもとへ向かう道中、イヌアラシはネコマムシがおでんを殺したようなものであると、ネコマムシはイヌアラシは敵を思いやる不忠者であると、互いにいがみ合い、これが後にまで続く確執となりました。

休戦状態となった二人

顔を合わせると殺し合いに発展していたイヌアラシとネコマムシでしたが、そんな彼らに転機が訪れます。それがゾウにルフィたちと共に訪れたモモの助たちの存在でした。二人が言い争う姿を見たモモの助は、父である光月おでんがケンカを続ける二人を見れば悲しむと泣きながら二人を諫めました。その姿に思うところがあった二人は、モモの助をこれ以上苦しめないため、完全な仲直りとまではいかないものの“休戦”することを決めたのです。

 

いかがでしたでしょうか?

お互いに主君であった光月おでんを思うからこその衝突だったといえますね。そしてその確執を緩和した存在が、光月おでんの息子であるモモの助であったというのも感慨深いです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!